もうすぐ長崎は

もうすぐ8月9日11時2分がやってきます。

長崎市浦上地区上空にアメリカの原子力爆弾が投下された時間です。

たくさんの人が、建物が一瞬のうちに灼熱の熱風で「蒸発」しました。

それから77年が経とうとしています。

私の父も被爆者です。89歳になります。

長崎県は小学校、中学校と平和教育があります。体験談などを聞く機会もあります。

私は小さい頃、父が同じ話を何度もするので聞くのが面倒であまり真剣に聞いていませんでした。

でも、つい最近ふと父が新聞社に書いた記事を見つけて、今まで話していたんだろうけど

記憶に残っていない内容を見て、ハッとしました。

当時、学校に戻ろうとして、爆風で飛ばされ気がついたら、左肩を骨折、ガラスが刺さっていた

そうで、近くのひとに助けてもらい手当をして自宅に送ってもらったとのこと。

今でも左腕は水平から上にはあがりません。

原爆投下の状況をリアルに知る父は、実際そこに居て、話していたことは紛れもなく体験であり、

当事者としての経験を話していたんだと気がつき、改めて話を聴こうと思いました。

原爆や戦争の悲惨さは当事者意識がないと、テレビで見ているもしくは、映画で見ている、

ただのビジュアルでしか捉えられないんだと、強く感じ、恐ろしくなりました。

被爆者、戦争体験者はややもすると、それが何かの免罪符の様に、扱われて特異なものとして

優遇されるとか扱われていて、差別や、こころ無い言葉の標的になってきていました。

そのために語りたくない、知られたくないという方々がたくさんいて、そして語らないままに

亡くなっていることを、もっと戦争を知らない世代は知るべきだと思いました。

今回は平和を訴える場として書いたわけではありません。

当事者の経験に映る、当事者の思いや出来事を聴くことがどれほど、相手に寄り添う事であり、

相手を知ることであるかを伝えたいと思い書いています。

身近なひとのことばをしっかりと聴いてみてください。

その時にもっと優しい人にあなたはなれるかもしれません。

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