二つの知能と、これからの時代
「流動性知能」と「結晶性知能」
先日開催された私が所属するレジリエンス協会の勉強会で、冒頭のこのワードが
気になって、少し調べたので紹介します。
〇2種類の知能
知能は、遺伝と環境の両方の要素をもとに、年齢とともに発達すると考えられています。
この発達は、いつまでなのでしょうか。また、身体能力は一定年齢をピークに、加齢と
ともに徐々に衰えていくものですが、知能はどの程度まで維持されるのでしょうか。
イギリスの心理学者、レイモンド・キャッテル(1905~1998)は、人の知能には
「流動性知能」と「結晶性知能」
の二種類があると提唱しています。
〇流動性知能とは
新しい局面に臨機応変に対応する能力で、これは経験や教育に左右されない、生まれ
ながらに備わる能力と考えられています。この流動性知能は、加齢とともに低下して
いくと考えられています。
流動性知能の例
・記憶 ・計算 ・図形処理能力 ・情報処理 ・適応能力 ・直観力 ・処理のスピード
〇結晶性知能とは
学習や経験が蓄積して結晶化したものとされていて、20歳以降も上昇し、高齢になっても
安定して維持されていくと考えられています。
結晶性知能の例
・過去の経験から蓄積される能力 ・コミュニケーション能力 ・言語能力 ・内省力
・自制力 ・洞察力 ・社会適応力
少しわかりやすく言うと
結晶性知能は、個人が長年にわたる経験、教育や学習などから獲得していく知能のこと。
一方、流動性知能は、新しい環境に適応するために、新しい情報を獲得し、それを処理し、
操作していく知能のことである。
これらのことから、若い頃の力は流動性知能>結晶性知能の状況で、シニア期の力が
結晶性知能>流動性知能と徐々に変わっていくという理論になる。
(経験や環境などでそれぞれの深まり度や広がり度は異なると思いますが・・・)
そう考えると、シニア期になって、熟考する機会が増えたなあ~とか、人の気持ち
や空気感を読む力が豊かになったなあと思うことがあると思います。
それこそが、結晶性知能が自分の中で優位的になってきているということです。
一方で、若い人たちは決断や、判断が速く、物覚えも早く、行動までの時間が短いという
のもこの論理で考えれば納得がいきます。
もちろん双方に優劣があるわけでもなく、時代に合っていないとか、言っても理解しない
などの、そのレベルの話で区分けのような線を引くものでもないと私は思います。
これを会社の上司、部下や、地域で年長者と若者との関係の中で考えたとき、お互いが
持っていないもの、理解し難いなどでイザコザが起きている事案が目に付くようになりました。
世の中は、パワハラ、モラハラ、世代間ギャップという言葉でくくって終わらせている
ようですが、この二つは対立するのではなく、融合するというか、お互いが補完しあうと
すれば、よりいい製品を作れるし、より安心安全の住環境になっていくことは間違いない
ことだと私は思います。
この補完しあうという考え方、捉え方こそがレジリエントな社会には必要不可欠と
思います。そのためには、自分の特徴(強み)を出し惜しみするのではなく、生かしていく
のは必然です。そのためにもお互いの建設的な対話も必要となります。
若いから勉強不足、シニアだから老害というバイアスは止めて、よりよい社会に
なるようにしたいですね。
もう一つ言えるのは政治もそれについて、若い人の文化、シニア世代の文化という
線引きはナンセンスに思えます。
二つの人種がいるわけではなく、人生という流れの中の過渡期にすぎません。
その過渡期にたまたま環境がどうであったかで、行動や思想が違うのであって、人その
ものが変わっている様なことはないのです。
技術の進歩も早く、世界の情勢もめまぐるしく変化しています。
どこに自分が向かおうとしているのか、そのためにはどんなことを今後していくのか
自分の棚卸とその世代に合わせた、自分再構築を考えてみるのもいい時期だと思います。
学び続ける力、創造する力、挑む力、再構築する力。
どの世代にも今、必要不可欠な力だと思います。



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