文化・芸術 Feed

2022年8月18日 (木)

俯瞰でみる

「俯瞰でみる」とは

簡単に言えば、高い所から見るとか、上から見るとかありますが、

ここでは客観的に見るとか、傍観者になってみるという感じでしょうか。

山に登ろうとしている自分がいるとしましょう。

目の前の山というのはどれくらいの高さなのか、どれくらいの距離なのか、

装備は軽装でいいのかという詳細なところは意外とわかりにくいものです。

では、今で言えばドローンを飛ばして、上や横に離れたところから見てみると、

全体を把握できて、その情報をもって自分を見返したときに、自分が置かれている状況が分かる。

というのが、自分を俯瞰で見るという簡単な説明になります。

人は頭の中で、直面した問題に対して、立ち止まって、悩んだり、時には行き詰ったり、絶望したり、その時の感情も一喜一憂します。

人は考える生き物なので当然のことなのです。しかし、いつまでも悩んでいるとストレスとなります。

私はそんな時、阿蘇の中岳に登って、自然の雄大さの中の自分のちっぽけさを感じにいきます。

そうすることで物事を考える、観る視野を広げて帰ってこれます。(今は登れませんが・・)

自分を客観的に(俯瞰で)みることで、シンプルに物事を捉えなおせたり、違う角度で見た結果

意外と違う方法で解決できたりとか、多様な効果がある場合があります。

皆さんもそんな経験ありませんか?

2022年8月11日 (木)

すぐ身近にある幸せ

ある知り合いの陶芸家の方に、以前こんな質問をされたことがありまます。

「君はどういうときに幸せを感じるのかな?」

そのとき私は、自分が息を引き取る前に、自分の人生が走馬灯のように

頭の中に浮かんで、自分の人生思い返せば、幸せだったなあ~って思うのかな。

とその時は答えました。

よく晴れた天気の日、歯医者の治療を終え、友人からの頼まれ用事を済ませ、親の介護に向かう

ために車を走らせていました。お昼になったので、お弁当を買って、道中の公園で食べている時

ふと「今の自分は幸せなのかもしれない」と気持ちが沸いてきました。

今の自分は誰かのために、こういう時間を過ごせている。

それが不快ではなくて、快適な気持ちで満たされていることに気か付きました。

あ~、自分は幸せなんだなあ~って思いました。

自分を必要としてくれている人がいる。その人たちに自分ができる事をやってあげれている。

もっと、もっと誰かのためになるようなことに自分のできる事をしたい。

そう思いました。

皆さんも、特別なことではない、でも誰かのためにできる小さな事でもいいからあるのであれば、

やってみてください。

きっと笑顔があなたに向かってかえってくると思いますよ。

2022年8月 9日 (火)

お盆

夏休みが始まり、暑い毎日ですね。

もうすぐお盆ですね。

コロナの影響でお盆に親戚が集まったりできないところもあるでしょう。

今年は母が亡くなって3回忌。

母との思い出・・。

中学のとき私は仲間はずれや、いまでいう、いじめにあっていました。

その頃、給食は配膳されない、一緒に帰る友人もいない。

陸上競技の練習をする仲間もいない。

それでも走る練習をしたかった私に

母は黙って、暗くなった校庭を車のライトで照らして

私の気が済むまで練習に付き合ってくれました。

受検勉強の時も縫製の内職しながら終わるまで起きていました。

大人になって、親になって、その気持ちがちょっとわかります。

私を見守り、成長を信じて、黙ってやろうとしていることを支えていてくれていたんだと。

親心(おやごころ)って、日々の中にあっちこっちにあって、

アピールするわけでもなく、地味なんだけど深いんだなあーって思います。

そんな親に自分がなれているといいなあ。

2022年8月 4日 (木)

ストレスを解消する方法

私のストレス解消はカラオケと温泉、サウナ、ウィンドウショッピング、映画鑑賞

ウォーキング、ロングドライブでしょうか。

仕事をしていると、いろんな場面で気を使うこともあり、

ふと今日は温泉行こう、週末はカラオケに行こうとか思うと、

気分転換に行ってしまいます。

行くとスッキリして、翌日から元気パワーがでます。

復活すると分かっているからです。

時には、休日の朝はウォーキングしながら、自分だけの世界に入れる時間なので、

自分を俯瞰で見ながら、今の状況を考えながら歩いている時もあります。

自分なりのストレス解消、癒しの空間、癒しの場所、気分転換ができる事を

いくつか持っておくことは必要だと思います。

そもそもストレスって何なのでしょう?

自分が思っていた事象になっていない。

自分が思った予定とあっていない。

など、基準が自分の価値観や自分らしさからくる判断と、結果のズレや、

途中であってもその工程のズレが、気持ちのどこかに違和感として残っていて

徐々に違和感が溜まってきて、飽和し始めたときにストレスとして認知されるのでは

ないでしょうか。

そう考えれば、社会の中で生きていれば、全く自分と同じ価値観、考えを持った人は

早々いないと思いますから、違和感を産むズレは周囲に溢れているように思います。

小さな違和感もあれば、一瞬であふれるくらいの大きな違和感。

気持ちがいっぱい、いっぱいになる前に、こころのアラームを感じて、

あなたの持っている解消法を使ってください。

間違えても、負の解消法を使わないようにご注意ください。

2022年8月 3日 (水)

もうすぐ長崎は

もうすぐ8月9日11時2分がやってきます。

長崎市浦上地区上空にアメリカの原子力爆弾が投下された時間です。

たくさんの人が、建物が一瞬のうちに灼熱の熱風で「蒸発」しました。

それから77年が経とうとしています。

私の父も被爆者です。89歳になります。

長崎県は小学校、中学校と平和教育があります。体験談などを聞く機会もあります。

私は小さい頃、父が同じ話を何度もするので聞くのが面倒であまり真剣に聞いていませんでした。

でも、つい最近ふと父が新聞社に書いた記事を見つけて、今まで話していたんだろうけど

記憶に残っていない内容を見て、ハッとしました。

当時、学校に戻ろうとして、爆風で飛ばされ気がついたら、左肩を骨折、ガラスが刺さっていた

そうで、近くのひとに助けてもらい手当をして自宅に送ってもらったとのこと。

今でも左腕は水平から上にはあがりません。

原爆投下の状況をリアルに知る父は、実際そこに居て、話していたことは紛れもなく体験であり、

当事者としての経験を話していたんだと気がつき、改めて話を聴こうと思いました。

原爆や戦争の悲惨さは当事者意識がないと、テレビで見ているもしくは、映画で見ている、

ただのビジュアルでしか捉えられないんだと、強く感じ、恐ろしくなりました。

被爆者、戦争体験者はややもすると、それが何かの免罪符の様に、扱われて特異なものとして

優遇されるとか扱われていて、差別や、こころ無い言葉の標的になってきていました。

そのために語りたくない、知られたくないという方々がたくさんいて、そして語らないままに

亡くなっていることを、もっと戦争を知らない世代は知るべきだと思いました。

今回は平和を訴える場として書いたわけではありません。

当事者の経験に映る、当事者の思いや出来事を聴くことがどれほど、相手に寄り添う事であり、

相手を知ることであるかを伝えたいと思い書いています。

身近なひとのことばをしっかりと聴いてみてください。

その時にもっと優しい人にあなたはなれるかもしれません。

2022年8月 2日 (火)

花火

7/30,/31は長崎市内で花火大会、8/1は大村市内で花火大会でした。

(ローカルネタですみません。どちらも行けてませんが・・)

花火は夏の風物詩。

年々、豪華になっていますね。音楽やレーザー光と合わせて打ち上げたり。

思考を凝らして、楽しませてくれますね。

一瞬で大きい爆音とともに、光の華が夜空を明るくするその光景は

多くの人が魅了され、終わりとともに「夏」という季節を味わうのでしょうね。

コロナで2年間中止になって、今年は開催するところが増えています。

これもまた癒しのアイテムとして、また夏の思い出の一つとして、

時には鎮魂の意をもって、夏になくてはならないものになっているのでしょうね。

最近は夜のイベントの時や、花火師の大会も冬に行われたりしているところもありますね。

花火は一瞬でその豪華さ、美しさを出して、そして火花が消えていくまでの数十秒が、儚くもあり

いいところですね。まあそれとは別に食べ物や、金魚すくいなどの露店が並んでいるのも

祭りという、非現実的な時間と空間を演出しているので、癒され、人気がある理由なのでしょう。

行かれる方は、感染対策をバッチリして癒されてきてください。

2022年7月28日 (木)

快晴と雨の曇天

晴れた日ってなぜか気持ちよくて、楽しみ。

雨の日って濡れるから嫌だ、なんだか気が重くてつまんない。

朝起きて、天気を見てそう思う人が多いのではありませんか?

もちろん逆に雨の日が好き、晴れた日は嫌い

って、人もいることでしょう。

どうしてそんな違いがあるのでしょう・・

人は多かれ少なかれ過去の経験で、自分の気分や感情が左右される部分があります。

晴れた日が気持ちよくて、楽しみになるのは、過去の経験の中に晴れた日の楽しい

ことをした経験があるのでしょう。

逆に晴れた日に嫌な経験がある人は、同じ晴れた日でも、逆の思いを持っている

かもしれませんね。

雨の日も同じことが言えると思います。

つまり、人は晴れた日、雨の日を過ごすという体験は同じであっても、

その時に起きたこと、生きてきたこと、感じたこと、つまり経験は

人それぞれに異なります。

この経験の違いがあるから、その時の気分や感情に影響を受けるということが分かります。

思い返せば、昔、雨の日に・・・なんてわざわざ思い返すこともないのでしょうけどね。

まあ、晴れた日は洗濯物がよく乾くから洗濯して、車を洗いに行こう、

雨の日は水不足で作物が育たないという心配をしなくていいなあ。

という日常が何気に楽しく思える。

私はそんな日がたくさんあるといいなあと思います。

2022年7月27日 (水)

こころってどこにある?

こころが折れた

メンタル病んだ

とか、いう言葉が、会社やメディアなどで度々聞かれますが、

その「こころ」はどこにあるのでしょう?

ネット上にはたくさんのサイトでこのこころがどこにあるかについて

書かれています。

なので、これを読む皆さんはきっと知っていることでしょう。

それを分かっていて、敢えて私は「こころ」はどこにあるのかを

考えてみたい。

びっくりした時、安心した時、胸をなでおろすと言いますね。

また、同時にとっさに手が胸を押さえている人いますよね。

私はロマンチストではありませんが、胸のあたりでもいいと思っています。

なぜなら「こころがどこにあるのか」より、どんな人でも「こころを持っている」の方が

私は大事だと思うからです。

なので、胸にこころを持っている人がいても、脳の中にこころを持っている人が

いてもどちらも正解と私はいいと思います。

ポイントは「どんな人でもこころを持っている」ということです。

2022年7月26日 (火)

違ってていいんだ

もう20数年まえ、渋谷の「あいだみつお」美術館に行ったときに

メロンとトマトが題材の書があったのに目が止まった。

読み終わった時に涙が止まらなかったのを思い出します。

どんなに高級なトマトになっても、高級なメロンになることはありません。

トマトはトマトとして一生懸命生きているということに、違うってこういう事なんだって

改めて気がつかされました。

人もそれぞれ違いがあっていい。違いは良い悪いもしくは優劣ではなく、個性である。

どこに着目点があるかで、評価が変わる。少なからずもそんな見方をしていた自分がいたことに

気がついたとき、涙がこぼれたのを思い出しました。

その人の生きてきた背景には、多種多様の出来事があって、今のその人を生きている。

お互いが、お互いを受け入れて、認めて、ともに生きる。

そんな優しい時代になって欲しい。

2022年7月25日 (月)

これから、よろしく。

ブレス(Breath)は日本語で「息」

集中したり、気持ちを整えるときに、深呼吸をすると落ち着きます。

息という字は「自ぶんの心」と表されています。

最近、コロナの影響や、他国の争いで、人間関係、自分のこの先のことなど、

気持ちがソワソワ、ちょっとしたことでイライラしていませんか?

このブログはそんなときにちょっとだけ、和らぐヒントとなればと

思いいろんな角度で、憩いの場となるよう、記事を書いていこうと思います。

ほっこりすること。そうか~そうだよな~ってなるようなこと。

少しでもお役にたてればいいですねぇ~

ブレス  杉本

プロフィール

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ブレス (息)の代表 杉本です。 人生の正午を過ぎて、ありたい自分に気が付き、 セミナー講師、カウンセラーをしております。 お役に立てるできることがあればご相談ください 【保有している資格】 キャリアコンサルタント キャリアデベロップメントアドバイザー レジリエンストレーナー 心理カウンセラー 箱庭療法士 価値観ババ抜きインストラクター 第一種衛生管理者 ワークスペースは今計画中。 オンラインカウンセリング、 会場セミナーは随時開催しています。 各種セミナー&ご相談(カウンセリング)受付 平日 10:00~18:00 土 10:00~12:00 この時間以外は要相談で受付 オンライン/対面どちらもOK。 メールでの予約制となります。 mail:breath2022@hi3.enjoy.ne.jp H.P:090-7584-7378

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